いつも元気なジャイアンが、突然今日のリサイタルをスネ夫に譲った。リーダーに必要なのは、圧倒する暴力ではなくスネ夫の持っているお金の魅力なのだという。
アメリカは2014年のウクライナ情勢をめぐって、空爆などの措置の最前線に出るよりかは、一部遠慮しフランスに譲ったもしくは押し付けたような格好となった。かつての戦争・軍事を用いた外交のスタンスの転換期を迎えているのではないだろうか。
イラク戦争で戦争外交に対して冷ややかな目線を向けられてしまったアメリカは、2001年の9.11テロ以降アメリカは対国ではなく「テロとの戦い」であったかのように国民に訴え、これまでの「軍への投資」という軍産複合体のサイクルを保とうとした。しかし想定する悪を国ではなくテロという国境を越えた問題を抱えるものにシフトし、軍事外交を正当化するのには限界が見えてきた。「アメリカは世界の警察ではない」らしい。
力こそが世界のリーダーに必要なものとする考えはもう古いのではないか。中国が対等をしてきているのは圧倒的な経済力であり、軍事力による抑圧ではない。いまや世界の覇権は経済力、「お金の力」で占われている。暴力がだめならば財力というのも皮肉な話ではあるが、アメリカは、有り余るドルの投資先を悪を想定しての抑圧ではなく、経済面での安全保障に充てるのはどうだろうか。
(村長)
アメリカは2014年のウクライナ情勢をめぐって、空爆などの措置の最前線に出るよりかは、一部遠慮しフランスに譲ったもしくは押し付けたような格好となった。かつての戦争・軍事を用いた外交のスタンスの転換期を迎えているのではないだろうか。
イラク戦争で戦争外交に対して冷ややかな目線を向けられてしまったアメリカは、2001年の9.11テロ以降アメリカは対国ではなく「テロとの戦い」であったかのように国民に訴え、これまでの「軍への投資」という軍産複合体のサイクルを保とうとした。しかし想定する悪を国ではなくテロという国境を越えた問題を抱えるものにシフトし、軍事外交を正当化するのには限界が見えてきた。「アメリカは世界の警察ではない」らしい。
力こそが世界のリーダーに必要なものとする考えはもう古いのではないか。中国が対等をしてきているのは圧倒的な経済力であり、軍事力による抑圧ではない。いまや世界の覇権は経済力、「お金の力」で占われている。暴力がだめならば財力というのも皮肉な話ではあるが、アメリカは、有り余るドルの投資先を悪を想定しての抑圧ではなく、経済面での安全保障に充てるのはどうだろうか。
(村長)
0コメント